Rock me baby tonight さぁ踊ろうよ ボリュームをもっと上げるんだ

 私はひどい不眠症で医師から睡眠薬を処方してもらっている。それでも寝つけない夜がままある。そんな時はお話を考える。頭の中で針金を何本も用意し、ぐるぐる絡ませたり遠くの方に投げてみたりする。方向性が決まったら今度は肉付けの作業。やはり頭の中の作文用紙に言葉を書出しそれを切り貼りしていく。言い回しが気に食わない、もしくは饒舌すぎると思ったところには二本線を引く。ここで注意しなくてはならないのは消しゴムもしくは修正ペンで消さないことだ。ひょっとしたら今度、別の話で使えるかもしれない。一応取っておく。切って貼って切って貼ってを繰り返すと大体の仕事は終わる。次は脳内ではなく現実にアウトプットをする番だ。

 パソコンを立ち上げWordを開く。今回はごっちゃんのお話。

 この世の中にはたくさんのごっちゃんがいる。インターネットで猫画像を検索すればあっちにもこっちにも数えきれないごっちゃんの多さに最初は驚いた。私が珍しいと思っていたごっちゃんは本当に雑種でしかもありきたりな柄の猫だった。世界のいろんなごっちゃんの映像を見る事もある。画面の向こうでアメリカのごっちゃんは風呂場でびしょぬれになり、スペインのごっちゃんは石畳を歩き、ドイツのごっちゃんは変なポーズで寝ている。実にごっちゃんを5匹飼っている人もいる。そんな時に私は少し不安になる。もし、このたくさんいるごっちゃんの群れにごっちゃんを放り込んだら私は果たして見つける事が出来るだろうか。猫でぎゅうぎゅうになっている部屋できっと私は途方に暮れることだろう。恐らく泣いてしまう。けれどその数百匹、数千匹の中に必ずごっちゃんは居るのだ。一通り絶望して立ち直った私は選別を始める。まず、ごっちゃんの尻尾は短い。尻尾の長い猫は外に出す。次にごっちゃんの足は靴下をはいていない。靴下をはいたように両手足が白い猫は外に出す。そしてごっちゃんの毛は短くて薄い。長毛でもっさりとしている猫は外に出す。ごっちゃんの頭は小さい。私の片手に収まらない頭の猫は外に出す。ごっちゃんの肉球は黒い。肉球にピンクが混じってる猫は外に出す。ごっちゃんの手足は長くすらっとしている。体が寸胴でちんちくりんな猫は外に出す。ここまでくればもう一息。今度はごっちゃんじゃない猫ではなく、ごっちゃんであろう猫を選んでいく。

 ごっちゃんは馬鹿だ。簡単なおもちゃにつられたらそれはごっちゃんかもしれない。ごっちゃんは鍵尻尾だ。尻尾が四角くなっている猫はごっちゃんかもしれない。ごっちゃんはお風呂場の洗面器に入ってる水が好きだ。猫の群れに洗面器を置き、それを飲んだらごっちゃんかもしれない。ごっちゃんはバンビのように軽やかに歩く。足取りが軽い猫はごっちゃんかもしれない。なによりごっちゃんは愛らしい。私が見つけられなくてもきっとごっちゃんが私を見つけてくれると信じている。

 ごっちゃんは今、枕ですやすや寝ている。私が眠れなくて辛くてもごっちゃんはお構いなし口をくちゃくちゃと鳴らす。きっと夢の中でおいしいものを食べているのだろう。ごっちゃんのおなかに耳をくっつける。ゴロゴロ、ピシューと変な音がする。顎の下を撫でるともっともっととさらに顎を突き出す。身体中をまんべんなく撫で、起こさないように静かにベッドを出る。パソコンのスイッチを入れる。私はゆっくりごっちゃんのお話を紡ぐ。外は漆黒から薄闇に変わる。もうすぐ朝が来る。