花吹雪 ふり続く 他に誰もいない

 『お元気ですか?そっちの桜はもう咲きましたか?』

 年に一回、同じ文章の絵はがきを出すようになったのは何年前からだろう。
 
 ある日、唐突に実家で暮らすことが息苦しくなりノートパソコンと携帯と少しの着替えを持って家を出た。当初の予定では友人宅を転々として気分が落ち着いたら戻るつもりだった。しかし家から離れれば離れるほど心は楽になり、友人宅から知人宅へ、知人宅から知人の親戚の宅へ、知人の親戚の宅からその親戚の友人の宅へと気がつけば地元の影すら見えない本州の最南端まで辿り着いた。

 父と母は教師だった。いずれ私も教師になるんだろうなあとぼんやり思っていた。疑問を感じることなく大学で教員免許を取得しまさに順風満帆な人生を送るはずだった。

 でもだめだった。急激な恐怖が私を襲った。お前が誰かに何かを教えることなんて出来やしない。そもそもお前は人に何を教えられる?


 何も知らないくせに。
 何も理解してないくせに。
 何も分かろうとしてないくせに。
 それらのことに対して努力もしないくせに。
 努力をしても叶わないことが怖いだけのくせに。



 だから逃げた。突発的に家出をしたあの日からもう七年と少しの歳月が流れた。失踪宣告により私は死亡したとみなすことも可能なはずだ。絵はがきだけが今、自分が生きているという証。その証は届いているのだろうか。送り主の書かれていないそれ。もし家が引っ越しをしていたらその存在証明はどこへ行ってしまうのだろう。行き先不明送り主不明。どことも繋がれない自己満足だけのための行為。


 桜が好きだった。この場所に落ち着くまで色々な桜を見た。毎年、豪勢に咲き誇るピンクの花びらを見ては涙が出そうになった。私が本当に見たい桜は中学校の通学路の途中にある児童公園のやつだ。その公園に植えられた桜の木はたった五本でその中でも一番細くて健康には見えないけれど精一杯、枝を伸ばして私の頭を撫でようとしてくれたあの。私は生涯あれ以上にきれいな桜は見れないと思う。


 きっと、もう戻れっこない。