両手で頬を押さえても 途方に暮れる夜が嫌い

 恋に落ちた。友人の友人のそのまた友人くらいが主催の飲み会で出会った、猫みたいに細い目で笑うと八重歯が覗いて白くて細っこい腕は握ると折れるんじゃなかろうかと思うほど華奢で軽くウェーブのかかった髪は本人いわく天然らしくて背も高い方ではなく消極的で、ここに挙げたのはどうやらすべて彼のコンプレックスとのこと。

 そう、僕が恋に落ちたのはあろうことか男性だった。

 だからといって僕は巷で言うところのゲイではない。今までに三人、付き合った女の子がいる。一人目は高校三年の春。同級生で選択科目が一緒だったけれどもそこまで親しくもなかった子に、ある日突然告白をされ、じゃあ、とお付き合いを始めた。が、よくある話で大学が別になったので自然消滅した。二人目は大学二年の夏。合コンで知り合った子が同じ大学の後輩だったらしく(学部が違うためにその子の存在を僕は全く知らなかった)、「ずっと気になっていた」と顔を赤らめていうものだから、じゃあ、とお付き合いを始めた。が、「思ってた人じゃなかった」と半年で振られた。三人目は社会人になって三年目の冬。勤務先の派遣社員として働いていた二つ下の子からバレンタインにチョコレートをもらった。ホワイトデーにお返しの気持ちで食事に誘ったら酒の勢いで一夜を共にしてしまい、じゃあ、とお付き合いを始めた。が、夜中に「父親が倒れたので故郷に帰らないといけない」と泣きながら電話があり、ごめんなさいと謝罪をされ二年間の恋愛生活は終わりを告げた。どうでもいいが三人目の子に僕はいわゆる二股をかけられていたみたいで、故郷に帰ったのは遠距離恋愛をしていた幼なじみと結婚するためだったらしいとパートのおばちゃんから聞いた。もう本当にどうでもいいが。

 僕は常々思っていることがあった。自分は本気で人を好きになれないんじゃないかという疑問だ。思いかえせば自ら積極的に恋愛をしたことがない。「好きです」と言われれば単純に嬉しい。それなら自分も好きだと言ってくれた女の子を好きになれるように努力をしよう、そう思って生きてきた。産まれ持っての才能の一つである『コミュニケーション能力の高さ』を駆使して彼女たちに接した。買い物がしたいと言われれば根気よく、つまらない女物の服やら靴やらを見て回り、「これかわいくない?」の問いかけに「そうだね、かわいいね」と相槌を打ち、女性に人気のある若手俳優の映画が観たいと言われれば一緒に観に行って、心底退屈だけれども「あそこの演出は良かったね」なんて当たり障りのない感想を述べ、二人出会えない週末にはひたすら長いうえに恐ろしくくだらない内容の電話にもつきあった。けど、好きにはなれなかった。これは己の努力が足りないからだと、唐突に抱きしめて好きだよと囁いてみたり別に用事はないけれど意味のないメールを送ってみたり彼女の写真を携帯の待ち受けに設定したりもした。けど、やっぱり好きにはなれなかった。

 そういった諸々の経緯を含めて、同性に対して恋愛感情を抱いた自分にものすごく驚いている。けれど少しだけ安心もした。ああ、僕はちゃんと人を好きになれるじゃないか。これから先がどうなるかなんてちっとも分からないけど、この気持ちがある限り僕は大丈夫なんじゃないか。まずは交換したアドレスにメールを送ろう。『また飲もう。来週の都合はどう?』