この鎧は重すぎる私にはとても優しささえ伝わらずに倒れるのは嫌

 人からよく「なんでそんなにすぐばれるような嘘をつくの?」と言われる。けれど、それは7割が嘘で2割が本当のことなので正確にいうと嘘ではない、本当。で、残りの1割は希望とか願望とか夢とかロマンとかをぐっちゃぐちゃにかき混ぜた曖昧模糊としたもの。
 もう、上の子が来年小学校だよ。はやくね?時間が流れるのってさあ。も、7割が嘘。私は子どもを産んでいないし、だから子育てがどんなに大変かなんて分からない。その中の2割の本当。きっと、私が堕胎したあの子が生きていたら来年小学生になるはずだった。エコーで生命の芽生えすらも微かにしか確認できなかったほど小さな子どもを、だから男の子か女の子かも判別できなかったあの子が赤か黒かのランドセルを背負って私は普段着ない和服でめかしこんで入学式と書かれた看板の前で二人で笑ってる記念写真を撮ることが多分できたはず。1割の願望はそうだったらいいなと思うもの。
 罪悪感がなかった訳じゃない。だけど、あの時に流した涙は生まれることができなかった子どもに対する贖罪の念ではなく客観的に「ああ、ひょっとしたら私は今すごくかわいそうな人なんじゃないのか」と思ったら自然と出た、自分に対する同情。

 『木の葉を隠すなら森の中』

 私はまた今日も嘘をつく。その嘘で誰かが幸せになれるのならそれは嘘じゃなくなるはずだから。だからもう泣かなくていいから、全部話してみなよ。そしたら私は今度こそ完璧に嘘をつき貫いてみせるから。ほら、笑え。