溺れかけた人の波に逆らってく

 おととい、一年と八カ月付き合った男と別れた。私も世間で言うところの『お年頃』だったため、結婚の話を切り出したら「なんか面倒くさいから」とばっさり切られた。振られた。見事に。あっさりと。そして冷えた。すぐにスーパーで段ボール箱をもらってきてCDやらDVDやら着替えやら化粧品やらをつめてコンビニに行って宅配を頼んで帰りしなに合い鍵を返した。明日の夕方には届くらしい。段ボール一箱分の恋(愛かもしれない)の終わりは非情にあっけないもんだなあと煙草をふかして駅まで向かう。多分もう一生この駅では降りないだろうと思うと急に総ての景色が恋しくなった。携帯で改札口の写真を撮り、時刻表をもらい、ベンチに腰掛けて余韻を味わう。そうか。これが別れるっていうことか。
 電車を待ちながら思う。あーあ。セックスの時に避妊具つけなかったのは「子どもが欲しい」訳じゃなかったんだね。私はてっきり勘違いをしてたよ。子どもができたらちゃんとあの人も定職について小さいけど庭付きの家に住んで子どもの情操教育のために犬を飼って一段落したら私もパートの仕事を始めて彼と子どものために尽くすんだと夢見てた。こんなんならピル飲まなきゃよかった。飲んでなかったら子ども出来たかもしんない。それでなし崩し的に『できちゃった結婚』をして幸せになれたかもしんない。まあ全部『もしも』のはなしだけど。
 でも、本当はそこまで結婚したいんじゃあなかったんだよなあ。周りがみんな結婚していって置いて行かれそうで嫌だったんだ。会えばみんな幸せそうな顔で家庭のはなしをしててあまつさえそれで盛り上がってる輪の中に入れないのが怖かったんだ。昔は一緒にバカやってたのに「嫁が待ってるから」「妊娠してるからお酒はちょっと」なんて言う奴らが妬ましかっただけなんだ。なんだよ。そんなのしらねーよ。あれから五年くらい経っただけじゃん。まだまだバカなことしようよ。…さみしい。
 酔っ払いをたくさん乗せた終電ふたつ前の電車に揺られ考える。窓からはいろんな灯りが見える。コンビニやマンションやアパートやホテルや居酒屋やその他。ガラスにはそれを見てる私が映る。どこにも所属してない自分。ひとり。孤独。目の下のクマがえらいことになってる。年かなあ。もう若くないのか。私。どうすればいいのかなこれから。どうなるんだろう明日から。とりあえず店長にお願いしてシフトを増やしてもらおう。しばらくは何も考えたくないから馬車馬のように働こう。そんでお金貯めて友達に合コンを開いてもらおう。浴びるほど酒を飲んで笑ったら今日あったことなんて全部忘れるから。大丈夫、そう呟いて手すりをぐっと掴んだ。手すりは少し温かかった。