僕らは違った個体で だけどひとつになりたくて

 手鏡をまた取り出して髪形をチェックする。もう五回目だ。だけど今日は風が強めなので私の猫毛で細い髪はすぐにもつれてしまう。ついでに笑顔も作ってみた。ふふふ、と声に出して笑ってしまう。もうすぐ彼がやってくる。部活動が終わるのは五時きっかり。待ち合わせはいつも学校の中庭に立っている右から二本目の杉の木の下。そろそろ風が冷たい季節になってきた。私はセーターを手のひらまでのばして暖を取ろうと図るが風は容赦なく吹きつける。そうだ、来週になったら待ち合わせ場所を変えよう。春はぽかぽか暖かかったから校庭にある土手でのんびり彼が走る姿をずっと見ていた。夏は暑いから図書室の一番窓に近い席から彼を眺めていた。私が好きだと告白して一緒に帰るようになってからこの杉の木の下で静かに彼を待つ。もう一刻も早く彼に会いたいのを我慢する時間は苦痛を飛び越えて快感にさえ思える。クラスも違えば交友関係も違う彼と唯一ゆっくりできる駅までの20分の道のりは私には至福の時だ。今日はあれを話そう、リナが廊下で派手に転んでジャージが破けたこと。でも昨日借りたCDの感想も言いたいなあ、あとこれ気づいてくれるかな。鞄に付けたキーホルダーが新しくなったこと。色々考えてる私の目の前にいつの間にか彼が立っていた。「オッス」と一言。やだ、ひょっとしたら眉間にしわを寄せた顔を見られたかもしれない。恥ずかしいから下を向いて「おつかれさま」とだけ言った。
 帰り道、やっぱり私はうまく話せなくてリナの話もオチが弱くなったしCDの感想も言えないまま笑顔の練習すらしたのにただうつむいて歩く。彼も何も言わない。たまに手を振る度に腕がぶつかり合う。
「あのさー」「なに?」「お前の鞄についてたウサギはどこ行ったの」「…クマに変身したの」「…そっか…変身するんだ」「うん…」
 噛み合わない会話。本当にこの人は私のことが好きなんだろうか。疑いながら横を見上げる。ちょうど10センチ違う私たちは互いの顔を見るのに首の角度を変えなければいけない。そこには夕日が逆光になって真黒い彼の顔があった。
「…なあ」「なに?」「寒くね?」「…ちょっと寒いね」
 私の返事を待つより早く彼の左腕が私の右腕を奪った。これで暖かいべ?という彼の顔はやっぱり逆光で見えないけれどきっと笑ってる。嬉しくなって私は組まれた腕を前後にぶんぶんと大きく振った。すごくあったかいよ。組まれた腕はやがて下にさがり手をぎゅっと握られた。初めて繋いだ手はびっくりするほど大きくて私は彼の手を離さないようにしっかりと握りかえした。

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 みたいな?この前散歩してたらリアル高校生が目の前でこんな甘酸っぱいことやってんの。会話までは知らないですけど聞こえませんけど聞こえたところでお耳をチャックしますけどまだ付き合い始めて日が浅いんだろうなーっていう17,8の男女がですよ。学校帰りにお互いもぞもぞしてああ、こりゃタイミングかんがえてるんだろうなあ手を繋ぐさみたいな。手を繋いだ途端ふたりで顔を見合わせて笑顔。なんだそれ。それが青春か。知らねえよそんな青春送ったことないわ。高校6年も通って一つもなしですよ。あーあー私も少女漫画みたいな生活送りたかったー。でも生徒会長常にサスペンダーしてたからロマンスの欠片すらもねえよ。どこにいたんだ。私だけの王子様は。こりゃもう一回高校通うしかないかな。もちろん全日制の都立高。ちょっと真面目キャラ(学級委員にさせられる)だけど抜けてる女の子を演じます。でも15歳って設定は無理があんな…。病気で一浪してる16歳でいいか。年齢一回りサバ読んでるけど関係ないモンな。あれ、高校受験ってもうすぐシーズンじゃないの?願書ってどうやって書くんだっけ。履歴書っているっけ。職歴ないけど。ああ、中学校に内申書書いてってお願いしに行かなきゃ。