切りすぎた髪の分だけ 幸せになればいい

 「そろそろなあ」とか「いいかげんに」とか「でもなあ」とか「せっかくだし」とか言いながら髪を切る日。腰上まであった呪いのように長い髪。毛先は痛んでるし色はすぐ抜けるし絡まりやすいしといいところは一つも思い浮かばないけれどそれでも頑なに切らなかった理由は何だろう。
 『良かったら最初はご自分で切ります?』と聞かれた。戸惑いながらそんなサービスもあるんですかと問い返す。『ええ、記念に』と微笑まれ私も微妙に微笑み返す。記念。何の記念になるのだろうか。何かを断ち切る日。
 切ろうと思ったらいてもたってもいられなくなりすぐ美容院に予約を入れた。生憎今日は予約がいっぱいで…と断られた。明日ならいつでも結構ですと言われ、しぶしぶ、じゃあ明日お願いしますと電話を切る。今日がよかった。だってこんなに晴れてるし涙もすぐに乾くだろうし。
 あんなにも重たかった頭がすとんとまるで憑き物を落としたように軽い。もう誰も私の後ろ髪をつかまない。