二月・快晴

 煙草に火をつけた。煙は上へ上へと昇ってゆく。そろそろ煙草の味にも飽きたので少しの間吸わずにただ灰になっていくフィルターを見てた。どこまで灰を落とさずにいられるか持久戦をしてみようと思ったがこれもすぐに飽きて灰皿に押し付けた。
 煙草を吸うほかにこれといって至急にやらないといけないこともなかったので今度は煙草の箱に書かれている文字を読んだ。
「喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります」
「人により程度は異なりますが、ニコチンにより喫煙の依存が生じます」
 このメッセージが直接私だけに発信されているような気分になりただただ陰鬱になった。成人になって久しい自分に対して「ほら、お前は頭が足りないからこれぐらい言わないと喫煙の弊害なんて理解できないだろう?」と言われているようで、そうですね確かに私は高卒ですし文字で喚起してくれないとニコチン中毒になりかねませんよねと声に出してみた。そうするとますます私が馬鹿で惨めな感じがしてきて更に鬱になった。
 煙草をやめよう、と決意したのは一週間前だった。決めたきっかけも些細なことで「吸ってた煙草の煙が目に入ってものすごく痛かったから」だ。いつもだったらそんな程度で禁煙なんて決意しない。しかしやっぱり暇だった私はもし、煙草を始めた17の頃から今日まで一か月に五箱消費していたらいくらになるかという計算をし、それが意外にも口から手が出るくらい欲しいクロエのパディントンが五個くらい買える値段だったからだ。
 早速煙草を全部ゴミ箱に投げ入れ薬局へ行き禁煙用のガムを買って六日くらいは我慢した。七日目の朝に(つまり今日)私なんでこんな糞まずいガムを噛まなきゃいけないんだろうという疑問が頭をもたげ、そういや禁煙してるんだっけと思い出しでもこんなまずいガムを噛んでまで耐えなきゃいけないことかしらんと考え抜いた揚句コンビニに煙草を買いに行った。だけどここでいつも吸っていた11ミリのものではなく3ミリのものを買った自分を褒めてあげたいと思う。
 一週間ぶりの煙草の味はびっくりするほどおいしくてすぐ何本も消費した。でも紫煙で壁に掛けてあるなんの面白みもない時計の針が見えなくなるという事態になったので窓を全開にして一旦、吸うのを止めた。この部屋は換気が悪いので窓を全開にしても煙いので玄関も開けることにした。つっかけを履いてドアを開けると外は晴天で心なしか冬にしては暖かい陽気に思えた。汚い部屋着のまましばらく日光浴をしたら急に気力が沸いてきて部屋を片付けようという衝動に駆られた。
 そのまま部屋に戻り燃えるゴミと燃えないゴミを分別し、たまった雑誌をビニールひもでくくり、わたぼこりと猫の毛だらけの床には掃除機をかけ、半年ぶりくらいにベッドのシーツを交換した。さっきとは見間違うばかりのきれいになった部屋に対し猫は不審そうに私を見上げた。
 「あんたの飼い主は心を入れ替えたのだよ」
そう猫に話しかけると私はギリギリ表に出てもおかしくない格好に着替え性懲りもなく薬局に禁煙パッチを買いに行くことにした。